『ヴィーガンズ・ハム』

 『ヴィーガンズ・ハム』(原題:Barbaque)を観ました。監督・脚本はファブリス・エブエ。マリナ・フォイス演じるソフィアと共にヴァンサンという役名で主演を務めています。

 

 ソフィアとヴァンサンの経営する人気のない精肉店が「過激派ヴィーガン」によって襲撃される。後日その襲撃者のひとりと目される人物をヴァンサンが車でひき殺してしまう。その遺体処理の際に起きた錯誤から店舗で提供されてしまった人肉が評判を呼びたちまち人気店舗となる。その後ふたりはヴィーガンを殺害しその肉を売ろうと画策することになるのだがー

 これはいわゆるB級の枠組みの作品で、かなり露悪的、暴力的描写が連続するコメディなんですが、そういう作品にありがちなジェンダー、民族、宗教に対する偏見や差別的な表現が多く使用されますし、政治的イデオロギーないし行動への偏見や侮蔑的表現も登場します。まずなによりこの憎悪扇動的な日本語タイトルの時点でかなり問題があると思いますが、ヴィーガンヴィーガニズムに対するステレオタイプ的表現、中でも精肉店を襲う“過激派”としてのヴィーガンのあり方などが典型的で、特にネット空間で頻繁に出合うような言説から想像できる表現が数多く出てきます。

 ソフィアとヴァンサンの娘クロエのパートナーであるルーカスの“思想の押し付け”的な、また肉食する者への軽蔑的な態度などもそうした偏見のうちのひとつなんですが、さらにここでの悪に奪われる娘という構図によってヴァンサンの家父長としての側面や家制度という枠組みが浮かび上がります。若年女性の思想は男性からの影響というかなり古典的タイプのセクシズム、また後半クロエが“転向”するような言動をみせる場面があるのですが、それも女性の持つ思想そのものを軽んじるような侮蔑的な表現であるしそもそも主体性を大いに剥奪している描き方です。またヴァンサンを殺人の道へと引き摺り込むソフィアのファムファタール的演出、殺人の直接的動機に性愛を結びつけたりなど、とことんまで古臭いことが次々と飛び出してきてそれに辟易とするほどでした。

 しかし最後まで観ていくと、最初からこれら全てを皮肉った表現だった可能性が示唆されていることも確かです。SNSでもそういった感想が少し見られましたが、わたしはそれだからこそとても不誠実というか卑怯な振る舞いだなと強く感じました。ある種のどっちもどっち論ではないですが、批判をかわす目的もあってか筋の通った主張らしきものは何もありませんし、それどころか徹頭徹尾傍観者的な嘲笑のスタンスで全体が成り立っています。撮り方に登場人物に感情移入させないような意図を感じたのも、観る者をその位置に置かなければコメディとしてそもそも成立しないからでしょう。ここにあるのは皮肉のきいた笑いなどではなく、特定の人物を異化した末のせせら笑いです。

 

 結論なにひとつおもしろくなかったのですが、ここに書ききれていないほどの差別、偏見描写はまだたくさんありますし、細かいギャグとなってうんざりするほど散りばめられているので本当に観るには注意が必要です。ていうか観なくていい。代わりにわたしが観たし。

 正直に言うと批判する目的で観たんですけど、あまりにつまらなくて途中で寝落ちして、ハッと気づいて少し戻ってというのを何回か繰り返してしまったほどでした。これを書くときも実は最後の方がぼんやりしていてこれはまずいと思い部分的に見返したんですけど、まあ見返す前より増してつまらない印象が強くなるだけという散々な結果でしたね。それで何を書こうかと思っても驚くほど書きたいことがなくて、それほど空虚な時間を過ごしてしまった後悔先に立たずというわけで。誰にもおすすめしたくはないけれど、やはりおすすめしませんと観た者としてはっきり主張することがこの体験を無為にしない唯一の行為というところでしょうか。